2009年11月10日 (火)

芭蕉展

 柿づくしの「2」を書こうと思ったら、メモ書きを捨てられたらしい。

いい加減な広告の裏の様な物に書いていたので、反古と間違えられたらしい。

幸い、そのとき、柿衞文庫で「芭蕉」展をしていたので、図録を買っていた。

その芭蕉展のことを書きます。

 まず、芭蕉の字と蕪村の字、芭蕉の細い女性的かとも思われる字よりも、蕪村の力強い個性的な字が、印象に残りました。そして、蕪村の字のほうが好きとか思っていたのですけど、いまこうして書きながら芭蕉の字を思い出すと、その細い曲線美が捨てがたく思い出されるのです。不思議なものです。

 芭蕉は、「新しみは俳諧の花」と言っているそうですが、この言葉も、私の心を高めていくようです。

大いなる刺激を受けます。

 今年は芭蕉の「奥の細道」の旅から数えて、320年になるということです。柿衞文庫も、今秋は会館25周年の記念すべき年のようです。そこで、特別企画、「芭蕉の直筆作品と、現代作家とのコラボレーション」が行われたのでした。

 以下、図録の「ごあいさつ」からの引用です。
「現在活躍中の、ジャンルの異なった10人の作家をつのり、当文庫所蔵の芭蕉の直筆作品にじかに対峙して、そこから得たインスピレーションに基づいてそれぞれの分野で作品を制作、基礎となった芭蕉作品とともに展示しようというものでした。作家側・文庫側ともに初めてのことであり、とまどいや不安もありましたが、数回の会合を重ねていくなかで、「新しみは俳諧の花」と文学的脱皮への精進を常に自らに課した芭蕉の、時空を超えた広さと深さにあらためて感嘆させられながら、ようやく開催にこぎつけた次第です」

 そう言う企画が好きでない人もいるらしいけれど、私は、現代作家などというと、喜んで飛びつくのです。とても、刺激を受けるのです。

 芭蕉筆「山吹や宇治の焙炉のにほふ時」という句の自画賛から刺激を受けて、大野俊明が描いた屏風、「山吹の咲く」という作の、淡い色の美しさに私は癒されました。芭蕉筆「許六離別詞」懐紙よりインスピレーションを得て書いた、高木義隆作の、空を飛ぶ燕のすがすがしさ。「笈の小文」の旅への出立吟を題材にした、斉藤典彦の岩絵の具の色の奥深さ、私はどれも大好きでした。そして芸術的刺激のようなものを受けるのでした。

 川端龍子の描いた、奥の細道の後をたどったときの短冊も、55葉並んでおり、圧巻です。

展覧会の会期は11月23日まで、私はもう一度独りで行ってゆっくり見て来たいと思っています。 

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2009年11月 5日 (木)

柿づくし

 11月3日、伊丹市の柿衞(かきもり)文庫で行われた「台柿を味わう会」に出かけました。坪内稔典さんの「柿の話」があって、「柿の木はいじめればいじめるほど実がなる」という話を聞いて、去年も同じ話を聞いたけれど、なんだか良い気はしないのでした。そのことは事実らしいんですけど、これは女の人(嫁)にも言えることなのだと、昔の人は考えたというところが、嬉しくないのでした。いじめればいじめるほど、子沢山になる?まあまあ、フェミニズムには、向かない譬(たと)えです。(笑)兵庫県の日高町の木地師を訪ねたとき、実際に柿の木にドリルで穴を開けたり、釘を打ち込んだりしたのを見たそうです。そうすればタンニンが出て、黒柿というものが出来、美味しいそうです。
 昔、娘が嫁入りする時、柿の木の枝を持って行き、接ぎ木をしたそうです。それで、おんなの一生と、柿の木の成長とが重なり合っていき、柿の木は女の象徴となるようなのです。
 (伝)加賀の千代作とされている俳句にこんなのがあるそうです。
 渋かろかしらねど柿の初ちぎり   千代女
 これには何か隠微な隠し味が付けられていますか? YES!よね。
 また、小正月に成木ぜめという儀式もあるそうです。
 問答 (父親)なるかならんかならんと切るぞ
    (子供)なります、なります
  と答えると、1年間の豊作が約束されるそうです。 
あーあ、素朴ですね。
 また、柿の木は、あの世に近い木なんですって。あの世とこの世の境にある木なんですって。そのわけは?えーと、嫁入りの時持っていった柿の枝が成長して、それが棺桶になるのだったかな???いやこの辺りは聞き漏らしました。定かでありません。
 ああ、柿の木にも、深~い意味があるのですね。(つづく)(公演の聞き書きをまとめたものですので、間違いがありましたら、すみませんです)

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2009年11月 3日 (火)

伊丹市柿もり文庫

伊丹市柿もり文庫
伊丹市柿もり文庫
伊丹市柿もり文庫
伊丹市柿もり文庫
今日も楽しんで来ました。

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2009年10月31日 (土)

楽しい一日でした

今日は風邪気味で、鼻がつまっているにもかかわらず、ボヴェ太郎さんの老人体操に出かけ、2時間たっぷり、床に寝たままの体操をしたにもかかわらず、嫌と思うことがなかったのです。ボヴェ太郎さんの、あの静かな物腰は、どこから来るのでしょうか?体操の指導者というと、大きな声で号令をかけるというイメージできたものですから、ボヴェ太郎さんの物静かな声で、効くかしらと思っていたのですけど、体の道理にかなっている体操なので、終ったあとは、確かに体がしっかりしたと思うのです。最近右膝を痛めてから、歩くのもよろよろすると感じていたのですが、ボヴェ太郎さんの体操をしたあとは、大地に足がしっかりついて歩けるように感じます。エルダー世代の演劇のときの最高齢の95歳の方も参加しています。
体操が終ったあと、95歳のご婦人を誘って、YAHOOブログでお目にかかっていた、鈴木朝潮さんの銅板画を、夙川のギャラリー「SHIMA」まで、見に行きました。夙川に住んでいる、「エルダー世代演劇」で一緒だった、油絵を描いている方とも落ち合って。この方は、「エルダー世代の演劇」の顛末を、自費出版で本にすると言うことで、だいぶ、事が運んでいます。表紙を見せて貰ったり、中味のゲラを見せて貰ったり、話は尽きませんでした。彼女の行動力、詩的な洞察力、演劇の作成経過についての記憶力、それに何よりも、100部100ページで、100万という本を製作して、書店で売るのでなく、知人に配るだけという、気の大きさに、たまげ、賞賛する私でした。夙川駅近くで食べた、イタリヤ・トスカーナ地方で修業したというシェフによるスパゲッティも大変美味しく、ギャラリーのオーナーの奥様も、明るくて話し好きの方で、話が盛り上がって、長居をしてしまいました。今日はとても楽しい一日だったのです。

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2009年10月30日 (金)

篠山Ⅱ

篠山Ⅱ
篠山Ⅱ
篠山Ⅱ
先の篠山の写真で、お好み焼きの写真が出たのは、間違いでした。家のを孫が写メに撮っていたらしい。それを目の悪い私が間違えて送ったらしい。書院は裏から撮ったもの。山は丹波富士と思って撮ったのだが。

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篠山

篠山
篠山
篠山
篠山
もう1ヶ月も前のことですが、同人誌の人たちと、篠山に行きました。篠山って、関西では黒豆の枝豆などで有名で、知らない人はないのだけれど、私は初めて行きました。新たんば荘に荷物を置いて、タクシーでそのまま、篠山城に行きました。お城には書院という建物だけがありました。裏側の空き地には、ここが大奥の跡だとか、台所の跡だとかいうプレートが、石畳に嵌め込んでありました。面積からいってこじんまりしたお城のような気がします。お城を出て、駐車場を通り内堀の脇の道を武家屋敷に向かって歩きました。武家屋敷の方に曲がる所では、お堀の石垣がなく、地面に野草が生い茂っているところに、水が満々と湛えられているのが、自然を感じさせて、なつかしかった。武家屋敷の通りは、普通の民家の庭先に、珍しい花花が植えられていて、さながら花の博物館のようでした。数日後、テレビで、篠山の丸山地区という所が、過疎で空き家になった民家を改装して、味のあるホテルやレストランを作っているていうのを見ました。今度そんな所にも行ってみたいなと思い
ました。そんな所には誰と泊まるのが夢があるかなあと考えていると、こんな年でも、ちょっと若返って、わくわくします。

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2009年10月25日 (日)

老人体操

土曜日午前中伊丹市アイホールで行われている

老人体操に参加しました。

昨日は4回シリーズの第1回目でした。

指導してくださるのは、舞踏家ボヴェ太郎さん。

前に、小説「失われた時を求めて」の朗読を

背景に、音楽のないところで踊ったのを

見ました。それがきっかけで、アイホールと

親しくなりいろいろな行事に参加させてもらっています。

ボヴェ太郎の踊りは、飛んだり跳ねたりでなく、

ゆっくりと、ねばるように体を動かしていく踊りだと思いました。

そんな方に指導してもらうのは、光栄です。

とても、張り切っていたのに、10時から始まるのを、

10時30分からと勘違いして、30分も遅れていったのは、

ぼけ、です。

部屋に入っていくと、すでにみんなは床に仰向けに寝て、

両手のひらで顔を覆っていました。

ジャズダンスのところでするストレッチよりは、ヨガに

近いものでした。

ただ、ヨガでは聞かなかった、空気の存在を感じながら

動くということを、言われました。

水の中で、手を硬くして手を振り回せば、

ばしゃばしゃと音がし、抵抗が強いが、

力を抜いて、手を動かせば、抵抗がなくなめらかに動く。

空気の中でもそれと同じだと言うのでした。

空気を意識して、手で空気のボウルを作る。

それを、静かに人にパスする、と言うこともやりました。

ところが、空気のボールを受け取った私は

乱暴な性格が出て、それを激しく人様に打ち込んだのでした。

しまった、これはボヴェ太郎の欲するところではないと

思ったのも後の祭り。みんな、エネルギーの爆発に

飢えていたのか、次々と空気のボールを激しく

叩き込んでいました。

仕方ない、あきらめよう、成り行きに任せようと思ったとき、

ボヴェ太郎がボールを受け取って、「では、ここでいったん

ボールをしまいましょう」と、空気のボールを納めたのでした。

で、次は、背中から空気に押されている気持ちで

歩きましょうと言うのです。

背中から、押される空気を感じながらといわれても、

風に押されるのなら分かるけれど、

室内の、透明無色重力もないような空気が、

背中を押してくるなんて、感じられないのです。

仕方がないので、ただ、普通に歩きました。

さあこんどは、空気の中に分け入っているのを

感じながら歩きましょう、といわれても、

何もない空気にどうしてわけいっていいかわからず、

普通にただ歩きました。

私は自分の訳の分からないことは、「哲学的」

で、片付けます。

家に帰って娘にその話をし、「新進の舞踏家って、

哲学的なのね。実感できなかったわ」というと、

「そんなのは哲学的というのでなく、ベリーダンスだって、

そういうことをいろいろ考えながら踊ると、体の動きが

違ってくるのだ」とかいうのでした。

常識人の私には、なかなか理解できない世界でした。

ヨガも習ったことがあるけど、ヨガにも深い思想が

あるのでしょうけど、私が習ったのは、なになにのポーズという

ように、ポーズの種類をいっぱい習っただけでした。

ジャズダンスのストレッチでは、筋肉の動きとか

医学的に解明する方向の説明をしてもらいました。

だから、背中から空気に押されるように歩くは

哲学的となります。

受講者は、たった5人で、まだ余裕があるというのです。

興味のある方はいらしてください。

60歳以上の体操です。

参加者は、ボヴェ太郎さんが、舞踏家であるってことを

知らないでいらしていました。

私がボヴェ太郎さんのファンだから、待っていて来ました

などというと、周りが冷やかして、「追っかけ」とか。

「そうよ、追っかけなのよ」とか、年がいって言いたい放題、

シャイなボヴェ太郎さんを、恥ずかしがらせたかも。

また、みんな年だから、「イケメンだからモテルでしょう」みたいなことを

ご本人に言って、これも、ちょっとどうかな?

でも、イケメンです。正真正銘のイケメンです。また、私は前の公演のパンフで、

略歴も読んでいたので、「28歳よ」なんて、これも、

図々しい発言でした。辟易されたことでしょう。

今、40代のママが、ジャニーズにはまって、

追っかけをしている人が多いらしい。

東京から広島まで、見に行くとか、中学生の子供と、

飛び回っている話とか、嵐にお金使いすぎたので、

自分の稽古事するお金がないとか、言う人がだいぶ

いるのですって。私の40代を考えると、

子供相手でつまらないなと、いやになりながらも、

家でじっとしていた。今の人は自由でいいなぁ。

追っかけという言葉は流行語で、私も、冷やかされたのだ。

ボヴェ太郎はあの長い「失われた時を求めて」を

全部読んだのだろうか。読んでないと、渋谷はるかのその

朗読で、踊れるわけはないのだが。

実は、私も読もうと分厚い文庫本の上巻だけを買ってきたのだけど、

第1章か2章くらいで、積ん読している。

飛びつくわりには、根気のない私です。

一つ一つの文章は、味わい深い文章で、刺激を受けることがいっぱいなのに、

その文章が、延々と積み重なっていくと、ありゃりゃりゃら、私は、

投げ出してしまうのです。いつも。

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2009年10月23日 (金)

笑いました

今日、中2の孫が言った。

「体育の先生(女性)が、『男はやってぽいだから』って言ったのよ」って。

私、驚き。

セイ教育で、そういうことを教えておかないと、

今は、すべてが早熟な時代だから、と、先生は考えたのかしら?と、

解釈した。

孫、母、祖母で、あきれたり、笑ったり、侃々諤々しゃべり合った末、

私が「そういうことを言うにしても、もっと、きれいな上品な言い方が

あるとおもうわ」と言った。

孫。それを上品にいうとしたら、どんな言い方があるの?

と聞く。

私、とっさに思いつかない。

孫。「行なって捨てる」とか・・・。

わはは、もう、私は笑い転げた。

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2009年10月20日 (火)

ヤモリか?怨霊か?

 夫の話。

昨日はものすごく恐ろしかった。

(その日は妻は外泊、夫は独りだった)

寝る前、炬燵に入って坐っていたら、

天井、蛍光灯の所から、ぼたって何かが落ちてきた。

みると、△の頭で、足が4本あって、

ものすごく気持ちの悪い色のものが、

しばらく、じっと動かないでいたので、

にらみ合う形になったんだが、

すぐ、さっと動き出して、すごい速さで、

本箱の奧に入っていった。

夜中にそれがでてきて、

噛まれて、毒で死ぬかも知れないと

思ったけれど、死ぬなら死ぬでいいさと、

寝た。

しかし、あんなものは見たこともない

気持ちの悪いものだった。

何か怨霊が化けて出てきたのかと

思ったほどだ。

 妻。

それは、ヤモリと違う?

 夫。

ヤモリは、腹が赤くて太い。

 妻。

それは、イモリの方よ。

 夫。

いや違う。ヤモリは腹が太くて赤い。

何かおれを恨んでいる女の怨霊かもと

思ったほどだ。

 註)夫は今源氏物語に夢中。

夕顔があばら屋で、六条御息所の怨霊に

殺されるところを、読んだばかりだ。

 妻。

女の怨霊に殺されるほど、いい男でもなし

っていうところよ。

 夫。

いや、自分が知らない間に、恨みを買ってる

場合もある。

 妻。

しょってる(笑)

 田舎育ちの夫にして、イモリとヤモリの

区別が付かないらしい。

 私も、田舎の都会育ちで、イモリを

知らなかったが、ずっと前に赤倉温泉に

旅行したとき、イモリ池というのがあって、

イモリを見たくて期待していたのに、

イモリは全然見えなかった。

見たことのある友人は、

あんな気持ちの悪いもの見なくっていいよって、

忠告してくれた。

 私も、あんまり物事を知らない人間なので、

イモリとヤモリをネットで調べた。

 案の定、夫の言っている腹が太くて赤いのは、

イモリだった。

 ヤモリが家にいるなんて、つぶれかけの家の

象徴だと思っていたが、ネットにこう書いている

人がいた。

「ヤモリは守り神?」

アジアでは家の中にヤモリがよくいます。

日本ではヤモリが家にいる間は、

その家には悪いことがおきないと信じられています。

東南アジアでは、赤ちゃんが生まれるときにヤモリが鳴いていると、

その子は幸せになるといいます。

 妻の心境。

ああなんという幸せ。このボロ家。

危うしと思っていたのに、

悪いことは起きないのだわ。

 (これも、あほな考え。つま(夫)がつま(夫)なら、

つま(妻)もつま(妻)。馬鹿さ加減が似ている)

 また、ネットで見ると、ヤモリは毒は持っていないそうです。

寝ているとき顔の上を、ヒヤッとさせて走っていっても、

気持ちが悪いだけで、噛まれて毒で死ぬことはないと

知ると、安心して寝られます。

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2009年10月15日 (木)

びっくりしたわⅡ

文芸思潮のホムペに行って、

過去の文芸賞の1次通過者の

名簿を見て、驚き。

第4回も、第5回も、1次通過者は270人くらい

いました。

今度の応募者数で考えると、半分が1次通過?

むべなるかな。むべなるかな。それで通ったのだ。

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