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2008年10月31日 (金)

やっかみの風・17

ガチャガチャガチャと、典子は腹立たしそうに自分の食べた食器を洗ってざるに放り込み、そのまま、ダイニングの椅子に座ってテレビを見ていると、二人が帰って来た。
「ただいま」
と、千紗が屈託なく言った。
「お帰りなさい」
と、典子も、千紗の可愛い声につられて、屈託を忘れて返事した。
「着替えは後にして、飯食おう。腹減った」
と、喜久夫が入ってきて、流しで手を洗って、冷蔵庫を開けようとする。
「私がしてあげるわ」
と、典子は立ち上がって食卓を整えた。
 千紗は洗面所で手を洗って来て、
「いただきます」
と、席に着いた。
「今日の買い物は得したなぁ」
と、喜久夫が千紗に話しかけた。
「そうよ、二割引が三割も引いてくれたのだもの」
と、食べながら千紗は喜久夫を見つめた。
「指によく似合っていたし」
「そう? 私、本物ははじめて。キクオありがとう」
 千紗はしなを作って喜久夫を見上げている。
 典子はあてられっぱなしのような気がした。早く居間に入ろうと思いながら、何を買ったのか気になった。
「指輪買ったの?」
と、千紗に向かって聞いた。
「ええ、来月お誕生日だから、誕生石のサファイアの指輪プレゼントして貰いました」
「それは、よかったわね」
と、言いながら、典子は夫が何も買ってくれなかったことを思い出していた。
「高かったでしょう?」
「いや、本物と言っても、ランクがあるんじゃないか。そんなでもなかった。三割も引いてくれたし」
「そう」
 そこで、典子は立ち上がって、トイレに行って居間に入った。
 喜久夫が母の日にプレゼントしてくれたことがあったか。一度もなかった、と、典子は思う。死んだ夫だって、私のお誕生日なんて覚えてもいなかった。プレゼントなど、一度も貰わなかった。それだのに千紗は喜久夫にサファイアの指輪を買って貰っている。
 千紗は綺麗だ。それに若い。それに、男に甘えるのが上手だ。喜久夫を見るときのあの甘ったれた眼。自分は甘え上手ではなかった。夫には、他の女の存在が大きかったから、甘えても駄目だっただろうが、男はいくらでもいるんだから、片っ端から甘えてみれば、もっといい結婚が出来たかも知れない。でも、この器量の悪さでは、千紗のようにはいくまい。無視され続けた夫から、たった一つの宝物、喜久夫を授かったことだけは、感謝している。でも、もう少し自分を認めてくれる男と結婚したかった。などと、思っているうちに、興奮して頭がぐらぐらし、典子は畳の上に横たわってしまった。
 

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2008年10月30日 (木)

石清水八幡宮へ

 富予算 アクセス 書きます。
 
武庫之荘ー梅田ーーーJR大阪ー京橋ーーー(京阪)京橋ー八幡市ーーーケーブル

ーーーの所は、歩きます。JR京橋から(京阪)京橋も、一旦外に出ます。

表示に従っていけばOK.

行きはケーブルでも、帰りは、足で下りてもOK.

行きも歩いても良いけど、ケーブルも面白い。といっても、

男山は小さいので、六甲のケーブルのような、

面白さはないです。 

それから、八幡市駅は鄙びていて、うどん屋ぐらいしかない。

私たち、老婆3人、枚方市駅で、下りて、駅ビルで

スパゲッティ食べてから、又、乗りました。

帰り、走井餅が老舗とかで、そこで、走井餅たべて、

お土産も買って帰りました。

駅前で聞いたら、走井餅の店、教えてくれましたよ。

では、GOOD LUCK! 

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2008年10月29日 (水)

石清水八幡宮

石清水八幡宮
石清水八幡宮
昨日、石清水八幡宮へ行って来ました。徒然草で有名だから、行きたかった。だのに40年も大阪にいるのに、行けてなかった。行けば簡単なのに馬鹿みたい。

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やっかみの風・16

でも、と、典子は考える。喜久夫が千紗に生き甲斐を見いだしていてくれるから、平和が帰ってきたのだ。千紗に対して不満をぶちまけてはいけないのだと。喜久夫が不甲斐ないから、生活費が賄えない。生活費が足りないから、千紗が働いてくれているのだ。典子は今更働けない。とすれば、自分は裏方にまわって、千紗が働きやすいような環境を整えてやるのが使命ではないのかと。
 その日も、典子は、千紗が七時まで働くと喜久夫に答えていたのを聞いていたから、七時にご飯が炊きあがるようにしかけ、冷シャブを作ってお皿に盛りつけ、一人で先に食べる気にもなれないので、帰りを待っていた。
 千紗のパート先のコンビニは一駅向うだったけれど、遅くても三十五分で帰れる。八時にはどんなに遅くても家に着くはずと待っていたが、八時になっても帰らない。喜久夫はその日の都合で、帰宅時間が違うから当てにならなかったが、パートは時間がきっちりしている。七時までといえば七時にあがるはずだ。それが八時になっても帰らないので、いらいらし始めた。先に食べていた方がいいかなと思いながらも、もうちょっと、もうちょっとと、いらいらしていると、喜久夫の携帯から電話がかかった。
「おれだ。今日は千紗と帰りの時間が合ったので、買い物している。帰りは九時頃になる」
と、一方的に言って電話がきれた。
「ちっ」と、典子は舌打ちした。
 千紗が誘い出したにちがいない。それならそれでもっと早く電話をくれれば、こんなにいらいらしなかったのに、と、思い、一つの大皿にきれいに盛りつけた冷シャブから、自分のお皿に一部をとって、一人で先に食べ始めた。待っている自分が無視されたようで、無性に腹が立った。腹立たしさで、食事を味わう余裕もなく、ただ、口に放り込んだような食べ方だった。大皿を見ると、自分が小皿に取ったところが、銀杏型に欠けていて、バランスが崩れていたが、お箸で寄せてきれいに直すのも腹立たしく、そのままラップを掛けて、冷蔵庫に入れた。
 

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2008年10月26日 (日)

やっかみの風・15

それから6ヶ月、喜久夫は千紗の叔父の経営しているペンキ屋でまともに働いた。二人は千紗の両親から承諾を得て、正式に結婚した。千紗の実家がある小野市からは仕事場に通えないので、典子と同居することになった。結婚式をあげたときは、喜久夫二十三歳、千紗二十歳になっていた。
 それから半年が過ぎていた。
 典子は、三人で一家団欒したいと思っていた。けれど、夕食は千紗の帰りが喜久夫の帰りより遅いときがあり、喜久夫はちょっと甘い物をつまんだりして、千紗を待っている。典子も待とうとすると、喜久夫が、
「おかんは、さき食べろよ」
と言って、待っていられるのは嫌だという様子をみせる。二人だけがいいのだなあと典子は思って、先に食べる。そんな日は、千紗が帰ってくると、喜久夫は二階でテレビを見ていたのに、飛んで降りてきて、おかずを暖めたりしている。典子が居間に入っていると、千紗は「ただ今」とも、声をかけない。うがいをして、手を洗うと、すぐダイニングに入って行き、喜久夫とぺちゃくちゃしゃべりながら、仲良さそうにご飯を食べて、終われば、喜久夫が食洗機に食器を入れ、千紗は二人分のコーヒーをいれて、二階に持ってあがってしまう。
 典子は、自分だけが爪弾きにされたような寂しさを感じた。

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2008年10月24日 (金)

やっかみの風・14

十二時前にドサドサドサッと階段を駆け下りてくる音が響いて、喜久夫がトイレに飛び込んだ。その後を追うように娘がゆっくりと降りてきて、ダイニングにいる典子を見つけて、
「おはようございます」
と、悪びれた様子もなく、笑みを含んで典子に挨拶した。
 喜久夫と娘がダイニングに入ってきたとき、典子は、冷蔵庫にしまってあったサラダを取り出し、お湯をわかし、食パンを焼いて、二人にすすめた。
「おかん、あとは自分らで出来るから、おかんは自分の仕事してたらいいよ」
と、喜久夫が典子を追い出すように言った。
 折角だから、みんなと談笑したかったのに、と、典子は思った。あとは自分達でできるって言ったって、あとは、なにもすることないじゃない、今までの準備が大変なのに、と、
典子の心は穏やかでない。
 居間に来て新聞を広げてみるが、読む気にもなれない。そのうちお腹が空いてきてキッチンを占領されているのが、腹立たしくなってきた。聞き耳を立てるわけではないが、二人が典子の知らない人の噂話を楽しそうにしているのが、いつまでも終わらないので、意を決っしてダイニングに行き、
「お母さん、お昼ご飯を食べないと、お昼から約束があって出掛けるのに間に合わないから」
と、言って、お茶を沸かしにかかった。
「すみません、ご馳走様でした」
と、娘が食べたもののお皿を、流しに運んできた。
「ああ、置いといてよ。後で片づけるから」
と、典子は言ってしまった。
「すみません」とまた言って、二人は二階に上がっていった。
 典子は、その日は予定は何もなかったのに、約束していると言ってしまったことに腹が立っていた。また行きたくもないショッピングセンターをさまようことになる。それまでに娘が出ていってくれるといいがと、思っていると、二人はさっさと身繕いして出て行ってしまった。喜久夫に聞きたいことはいっぱいあったのにと、典子は息子までが出て行ってしまったことに失望していた。娘はあどけない顔をして、高校を卒業している年齢に見えない。もし、在学中の子であったり、中学卒業で高校に行ってないとしても、十八歳未満だったら、どうしようかと心配になり、そこを早く聞いてみたかった。喜久夫はもうはたち過ぎたから、結婚も出来るが…。
 その日の夜中は喜久夫一人で帰ってきた。
「喜久夫さん、今日の子はどんな子? 外泊したりして、ご両親は叱らないの?」と、恐る恐る尋ねた。
「両親は田舎にいて、千紗は友達三人でアパートを借りているから、大丈夫だ」
「あの子は、いくつなの? 高校は出ているのかしら? まだ十八になっていなかったら、親の承諾がないと、結婚できないし、無理矢理連れてきたりすると罪にならないかと、心配だわ」
「ああ、アホくさ。そんなこと気になったのか。千紗は高校卒業して出てきたんだ」
「よかった。でも、相手に結婚を迫られたとき、結婚をしたくないような子だったら、うちには連れてこないで。親が黙認してたとなると、私の責任も問われるから」
「もう、千紗とは結婚を約束している。千紗の親が承知してくれれば、結婚することにしてる」
「お母さんには何もなしで、そんなこと勝手に決めて…」
「だから、昨日連れてきて見せてやっただろう」
「生活費はどうするの?」
「お金貸してくれ。生活費は、千紗の親も今のままでは結婚させない、千紗の叔父のペンキ屋で働いて、六ヶ月働きぶりを見てからよかったら結婚させると言っているのだ。だから、給料くれるので、何とかなる。だけど、結婚式も簡単でもしないと、いかんと言うのだ。結婚式の金を貸してくれ」
「そんな話まで進んでいるのに、どうしてお母さんには言わなかったの」
「急に親に会いに行ったのだ。急に決まった話だ」
「勝手な…。お母さんの方に先に相談してほしかったわ」
「おかんは、賛成してくれると思った。向うの親が駄目と言ったら、おかんに先言うていたら、がっかりするだろう」
 典子はその言い分にがっかりした。自分は男の子の親なのに、女の子の親に主導権があるなんて、許せない。喜久夫のようなフリーターの子に、娘の結婚を、まだ若いのに許すということは、娘も手に負えない不良だったのではないかと、口に出かかったが、そんなことを喜久夫が聞いたら、また、暴力が始まると、腹の中だけに納めた。
「おれは、ペンキ屋で来月から働く。六ヶ月働いても、結婚式や新婚旅行の金はできない。な、おかん、五十万円貸してくれ」
「あんた、まだはたちそこそこで、一生あの子とやっていけるのかい。もっといろいろ見て、視野を広げてから結婚しないと後悔するよ」
「いや、千紗がいい。千紗はおかんのようにしっかりしていないけど、柔らかくて可愛い」
 喜久夫、なんていうことを!と、典子は心の中で叫んだ。目の中に入れても痛くないほど可愛がっていたのに!
 典子の心は波打ったけれど、喜久夫が千紗によってまともになっていっていることは、否めないので、喜久夫の言葉と戦うことは出来ないのであった。
「結婚式の費用は、親の役目だから、出して上げます」
と、典子は言っていた。
 二年の間、むしり取られるだけむしり取られて、まだ、五十万円出そうとしている自分に、甘すぎると思いながらも、喜久夫の二年間の恐怖を思うと、退かざるを得ないのだった。
 

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2008年10月23日 (木)

やっかみの風・13

眠られぬまま目をつぶって考えをめぐらすと、ここは怒りを胸に納めて、喜久夫の連れてきた娘を認めてやる方が得策だと思うようになった。この二年間のやんちゃ、無謀、金のせびり、暴力すれすれの突き飛ばし、等々を思うと、娘に寄ってかしらんが、二ヶ月も働きが続き、素行も修まってきた喜久夫に、今更反対をするべきではないと思うようになった。娘に腹を立てる場合でなく、娘に感謝しなければならないのだと、悔しいけれど考えるのだった。そう腹をくくると、すっと怒りが解けて眠りに落ちたのである。
 翌朝、典子はサラダを作り、じゃがいもをゆがいてベーコンと炒め、パン、バター、チーズ、ジャム、と出来るだけのことをして、二人の起きてくるのを待った。二人が起きてきたら、三人で食べようと、心待ちにした。けれど、二人は起きてこなかった。九時まで待って、諦めて一人で先に食べた。それから、庭に水をやったり、洗濯をしたりして、今か今かと起きてくるのを待ったが、十一時が来ても起きてこなかった。
 典子は礼儀を知らない娘だなと腹が立ってきたが、喜久夫を更生させてくれようとしている娘に対して、あらわに嫌悪を表してはいけないし、表面を繕うだけでなく、心から娘を認めていかなければならないと、怒りを抑えるのだった。

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「ロシアの少女」はこれ

Rosianosyoujo


またもや、間違いを平気で書いていました。前にあげた佐伯祐三の絵は、「人形」という絵でした。いま、出したのが「ロシアの少女」です。またもや、人様のブログを見ていて、気がつきました。全くのおっちょこちょいです。題名を間違えていました。

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2008年10月22日 (水)

やっかみの風・12

翌日になると、本当に喜久夫は出掛けていった。どうせ、すぐ嫌になるにちがいないと思っていたのに、意外と二ヶ月も長続きしている。よかったと安堵しているところへ、喜久夫は千紗を連れて帰ってきた。夜中の十二時だった。
「この子な、終電に乗り損ねた。泊めたって」
と、悪びれた様子もなく言う。
 典子が初めて見る女の子は、まだ、高校生のように見えた。
「あれぇ、二階の間は荷物を積み上げてあるので、ちょっと片づけなければ・・・」
「おれの部屋でいいよ」
「へぇ?喜久夫さんのお部屋でいいの?」
「ええよ。な、」
と、喜久夫は娘に問いかけた。
「ええ、大丈夫です」
と、娘はきれいな薄い唇を開いて笑いかけた。
 典子は度肝を抜かれてしまった。
 喜久夫は成人しているのだから、女を知っていてもおかしくはない年だと思わなければならないのだけど、典子には晴天の霹靂という感じだった。
「おかんは、もう寝ていい。おれたちはおれたちでやるから」
と言うと、喜久夫は娘に向かって、
「おれの部屋は二階だ。おいで!」
と言って、連れて上がってしまった。
「ご迷惑をおかけします」
と、可愛い声でべちゃっと甘えるように言ったのが、耳に残った。
 ああ、ああいうふうにして、喜久夫をたぶらかしたんだ。大切な私の息子を、私の腕の中から取り上げていったのだ、と、典子は瞬間思った。
 一生懸命、息子とともに苦労してきたのに、赤の他人がたった二ヶ月で、盗ってしまった。そう思えて、馬鹿馬鹿しくなり、喜久夫が帰るまで、床もとらずに映画に見入っていたテレビのスイッチをパチッと切り、押入から布団を出して横になった。

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2008年10月21日 (火)

やっかみの風・11

それから二年、喜久夫は典子にお金をせびっては、昼間は寝て、夜遊びに行く。お金を渡さないで、強盗とか悪い道に走るのが心配で、典子はお金を渡した。つくづくと閉じこもりよりましだと考えたことが甘かったと解ったのだ。
 典子は、知り合いのファミリーレストランの店長に頼み込み、喜久夫をウエイターとして働かせてもらうことにした。
 店長の了解は取り付けたものの、喜久夫を説得するのが大変だった。
 夜中、喜久夫の帰りを待ちかまえていて、喜久夫が二階に上がるうしろに、ぴったりとくっ付いて、喜久夫がドアーを閉める前に、喜久夫の部屋にすべり込んだ。
 話があるというと、
「眠たいんじゃ、出て行け」
と、威嚇する。
 典子は床に座りこんで、泣きながら、
「もう家にお金がない。どんな少しでもいいから、稼いでちょうだい。啓さんがウエイターとして雇ってくれるから」
 と、訴えた。
 典子は毎夜、蹴り落とされて死んでも、自分の育て方が失敗だったのだから仕方が無いという決心で、喜久夫のあとについて階段を上がり、泣きながら訴えた。
 毎夜毎夜、お金がないことを繰返し言った。
 喜久夫の心にどんな変化が起ったのか知らないが、半月ほどしたとき、
「あした行ってやる。けど、気に入らなかったらすぐ止めるから覚悟しとけ」
と、返事した。
 典子は、嬉しかった。翌日、ファミリーレストランを訪ね、店長に、
「よろしくお願いします」
 と、ぺこぺこぺこぺこと、何回も頭を下げた。
 レストランを出たとき、なさけなさに涙がわき出た。
 典子は、近くにあった喫茶店に入り、涙を拭いて放心していた。

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2008年10月20日 (月)

やっかみの風・10

その日は夜になっても喜久夫は帰って来なかった。十時までは辛抱できたが、十時をまわると、典子の心配は極に達した。高校時代一番仲良くしていた友達の家に、たまりかねて電話をかけた。その子も、どこに行ったかわからないが、まだ帰っていないと聞いて、典子は胸を撫で下ろした。きっと良平さんと一緒なんだわと呟いた。それでも十一時を過ぎるとまた心配が盛り上がってくる。典子は十分おきに外に出て、喜久夫が姿を現さないかと、闇を透かして見た。
 十二時過ぎになって、家の前にオートバイの止まる音がして、「またな」という声がしたかと思うと、喜久夫が入ってきた。典子は玄関に飛んで出て、
「喜久夫さん、心配するじゃないの。どこに行ってたの?」と、ぶち当たらないばかりの勢いで、喜久夫に近づいた。
「うるせぇ!」
 喜久夫は典子の胸を突き飛ばした。
 典子はよろけて廊下の壁に肩を打ちつけた。典子が呆然としている間に、喜久夫は二階に消えた。
 典子は、居間に飛んで入り、机に突っ伏して声を出して泣いた。
 長い嗚咽のあとに、典子は空っぽになった頭で、閉じこもりより外で遊んでくれる方がいいのだ、まだ、私は幸せなんだ、と、考えるのだった。

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2008年10月19日 (日)

人形(佐伯祐三)

Rosianosyoujo


展覧会で買ってきた「人形」の小さい額の絵です。

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佐伯祐三展

今日で終わる佐伯祐三展を、昨日、大阪市立美術館で見てきました。

すごかった。よかった。110点という数の多さ。

大阪出身の画家だから、美術館も力が入っていることでしょう。

佐伯祐三の絵というと、パリの建物、カフェやノートルダム寺院や

が、中心なのでしょうが、私は、「人形」という、死の前、

3ヶ月間に描いた絵を買ってきました。

何かバランスがくずれているようで、きつそうな目の少女、

これはよくない、と、見ながら思ったのに、反発は

惹かれているの反義語、両者通じるところが

あるように思います。反発すると言うことは、

それだけ、心に何かが残っているのでしょう。

それに、大抵の絵は、実物を見ると、

プリントはちゃちで買えないのですが、

この「人形」だけは、その反対で、

プリントすると、一層その華やかさが浮き立つのです。

そういう経験は初めてでした。

帰って、孫たちに見せると、孫はテレビに夢中で無反応だったけれど、

娘が、その絵欲しかったと言うので、置いてきました。

30歳で逝った画家、その夭折が惜しまれます。

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2008年10月17日 (金)

コロー展

この間、神戸市立博物館のコロー展、駆け足で見てきました。

駆け足というのは、孫2人も一緒だったので、退屈して早く早く

って言うからです。

亭主がコローの風景画はいいよって、前々から、感に

耐えないように言うので、すわっと、飛んでいったのでした。

うちにコローの森の絵が、飾ってあります。(単なるプリント)

それを見ていると、森の背後に、何か魔的なものが隠れているような

神秘性を感じていました。そこを、亭主が気にいっているのだなと

思っていました。私もその神秘性が好きでした。

で、実物にふれると、うちにあるのと同じ絵はなかったのですが、

特に、神秘性はなく、写実でした。

それで、少し拍子抜けしているところに、娘が言いました。

おじいちゃんが、コローの風景画が好きなわけがわかった。

生まれ故郷の、新潟、中条の景色に似ているからよ。

ほら、みてごらん。この川、この森。

へぇ!似ているの?

娘は、中条には3回しか行ったことないのに、

よくわかるわねぇ、私は7回は行っているけれど、

気がつかなかった。

で、それが正しいかどうか、家に帰って、

亭主に、娘の言った言葉を言って、質してみました。

そうしたら、「そうだ、似ているからという面もある」と言うのでした。

やっぱり、他人の私より、血をひいた娘の方が、よく理解できるのだ。

わたしは、単に似ているだけで好きだ、と言われたら、

ちょっと、がっくり。単純すぎる。森の背後に潜む神秘性とか、

勝手にいいたい。でも、写実でした。だから、故郷の

風景に似ていて惹かれるでいいのですけど。

それにしても、私は、似ていると思わなかった。

「樽が橋」とか言うところにも行ったのだけど。

娘は、行ってないと思うけど・・・

娘も風景の絵を、買って帰っていました。

亭主が行ったとき、同じ絵を買ってきたとしたら、

それこそDNAですね。それまで、見せないでおいてもらおう。

面白いじゃない。ちなみに、私は何にも買いませんでした。

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2008年10月13日 (月)

年をとった

今朝3つの荷物を持って駅で切符を買った。みんなに会ってキャアキャア。一駅乗って西宮につく前に、初めてキャリーバッグを引いてないのに気が付きました。西宮北口のサービスセンターで、武庫之荘駅に聞いて貰ったら、券売機の前に置いたままになっていた。一駅戻って一件落着。(笑)

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2008年10月11日 (土)

ボヴェ太郎

 ボヴェ太郎のダンスを伊丹アイホールで観て来ました。

実はボヴェ太郎さんて、何者だか全然知らなかった

のですが、新聞の小さい囲み欄で、今作『Texture Regained

ー記憶の肌理ー』は、マルセル・プルーストの小説『失われた

時を求めて』に想を得た新作。と紹介されていたのです。

共演者は、文学座の若手女優、渋谷はるかさんとも。

 実は私の学生時代、プルーストの『失われた時を求めて』

は流行っていました。これを読んでない者は肩身が狭い

というほどに。実は私は長編はいつもよう読み切らない。

で、肩身が狭かった。そこで、そんなのに想を得る

舞踏家って、どんな人だろうって、好奇心で観に行きました。

 彼はなんと27歳のイケメン、ハンサム。黒装束に足袋で、

舞台の上でなく、フロアで踊る。ゆっくり、ゆっくりと、粘るように

流れるように。Haruka Shibuya は、ひたすら、プルーストを

朗読する。照明は暗い。スチールの簡易な椅子に座った

観客はたった50名くらい。誰も幕間でも物音ひとつ立てない。

静か。独特の雰囲気。

 私は朗読が終われば、音楽が奏でられると思っていたけれど、

最後まで、音楽はなく、Haruka Shibuya の静かな朗読に合わせて

踊り続けたのだ。

 うーん、こんなのは初めて観た。プルーストの文章はさすがだ。

空想をかきたてる。テキストは<ちくま文庫>と書いてあった。

 おそまきながら、私も買ってきて読もうか。読み切れるか?

投げ出すのがおちか?

 あの観衆の静けさはどこから来たのだろうか?

見に来る人の嗜好にもよるだろうけれど、大半が私のように

一人で観に来ているので、しゃべる相手がいないからだと思う。

 ひとりで行動する一匹オオカミに好かれる舞踏なのか?

わからない。だけど、なかなかに心にしみる公演でした。


 

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2008年10月 7日 (火)

悲しくも霞に満ちた浮き世かな

Ataminonagame

熱海の同窓会に行って来ました。

皆70か71歳。元気な人のみが来るから、

信じられないくらい、みんな元気です。

今年は、関西で6月、関東で10月と2回ありました。

関東だけにしか出席しない方には、3年半ぶりのお目もじです。

この歳になると、亡くなった方への黙祷から、

同窓会が始まります。この3年半の間に

関東の世話役をずっとつとめて下さっていた方も

亡くなり、知っているだけで、4人の方々が亡くなりました。

全部男性でした。私達は学年で同窓会をしているので

同じ学年の卒業者は350人。同窓会に集うのは

大体メンバーが決まっていて、いつも35人前後です。

その時々で、出欠が入れ替わるから、あと、30人くらいは

参加される人がいますので、65人くらいが、

同窓会に興味を持っているといえましょう。

5人に1人の割合です。

ところで、帰りしな、熱海城を見学しました。

山の上に立っている熱海城の最上階6階の

展望台よりの眺めは抜群です。

近くには初島があり、太平洋の海が広角で

眺められます。

一方では、熱海の街が見えます。

写真は、熱海城の展望台から、熱海の温泉街を

眺めたところです。

ところで、お城の地下の展示場で、何が展示されていますか?

はい、浮世絵です。浮世絵でも、「はる」画です。
(このように書かないと、○ッちコメントがくるので、ご想像ください)

で、見学者は、70歳の主婦あがり(?)の女性5人。

気持ちが悪いという人も出てきました。

「喜んでるのは、葉子さんだけだ」って、みんなが囃して、

葉子さんは、嬉しそうに大声で、げらげら笑う始末。

お城に△△画。似合わない。温泉所、熱海の人寄せ作戦か?

それはさておき、雨女の葉子さんのご「臨席」で、

やはり雨。

いつでも、靄や霞や霧のかかった海や山を眺めています。

ああこれが私にふさわしい眺めなのかと。

靄のとれた、晴れた海を眺めてみたい。

霞かかる海を眺めながら、「私の人生もこんなものかな。

晴れ渡る時はない、いつも靄のかかった人生だ」って、

思いました。まあ、浮世絵も見たし、「浮き世かな」って

タイトルを締めくくりました。


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2008年10月 4日 (土)

努力

「私の辞書に『努力』という言葉はない」と言うくらい私は人生に於いて努力をしなかったのです。(はずかしや)

 気の向くままに生きていたら、7年前に買ったスカートが、7㎝合わなくなったのです。1年に1㎝ずつ、ウエストが大きくなっていったのです。

 巷の友人はそれはひどい、スイミングをやりなさいと言いました。
一方、うちの旦那は目的に向かって努力するタイプみたいで、今まで、自転車は乗れるし、社交ダンスは出来るけれど、歩くとふらふらして歩けないといって、50㍍も歩いたことがなかったのに、高野山に一度行ってみたいと思い出したらしく、それには、歩けないと行けないと思ったようで、この頃では公園で自転車を停めて歩く稽古をしているというのです。また、堤防に登る坂道を登ることも繰り返しているとか。

 我が輩もここでいっちょ努力するか、と、思ったのです。

 たまたま、道で昔の公民館のジャズダンスの仲間にあい、公民館祭に出演するからと聞いたので、見に行きました。そこで、ストレッチだけでもまたやりませんかと誘われて、10年のブランクがあるのに、今日から仲間に入れてもらったのでした。公民館活動ですから、そんなに激しくない。月3回しかないので、メタボにどれくらい効果があるかわからないのですけど・・・ウエストがくびれていなくて、お腹が突き出ているので、鏡に映った自分は、ビヤ樽そのものです。うーん、こんな自分を、よく昔の仲間が呼んでくれたと感謝しています。

 明日の夜は熱海でビールやら、ご馳走やら。また、太って帰ってくることでしょう。

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頓挫

小説を書くことが、途中で止まっています。

合宿から帰ってきて、もう1週間以上たちましたのに・・・

今朝書こうと思って、PCを開いたら、一人暮らしの81歳の

ご近所の奥様から電話があって、1時間以上しゃべり、

外出の時間になったので、PCを閉めました。

この奥様から学ぶことはたくさんあります。

時代の先端的生き方ではないでしょうか。

全財産の管理を、福祉を心がけている弁護士に

すべて預けました。

月々入る年金の通帳と、若干の余裕の金子の入った通帳だけ

手元に置いて、あとは、管理してもらっています。

この方は元もとお金をいじりまわすより、

好きな趣味に生きているのが好きな方です。

家計は全部自分が握っておきたいという私とは大違いです。

よくしたもので、うちは、亭主が、この奥様的です。

そして、奥様の亡くなったご主人が私的で、ぜんぶ経済的なことは

していたのです。だから、夫婦間で、お金の奪い合いは起らなくて・・・というわけでした。

彼女は、自宅と駅の1.5㎞の間を、病院に行くために

うろうろするだけなので、洋服もいらないし、装身具は

一通り持っているので、欲しい物もないし、お金はいらない

ということでした。それが10年後の私の姿かと思います。

ただし、今は、まだまだお金のいる欲望ばかりです。

5日と、6日は、またまた同窓会があり、熱海に行きます。

着ていく洋服がなく、大丸と阪急を経巡りましたが、

ふとっちょに合う洋服は高く、

「あーあ、お金に糸目をつけずに、10万円くらい

ぽんと出せば、ふとっちょでも、貴婦人に見える

洋服があるのになあ」と、溜息の出るしまつ。

(ふとっちょ=159㎝65㎏)coldsweats01

彼女は自分みたいになるとつまらないよと

言っていますが、絶望はしていません。

思いついたことを、5,7,5 にまとめてみたり、

水墨画をノートに書いたり、PCでゲームして

遊んだり・・・と。

目は両眼とも黄班変性症になっていて

見えにくいのですが、朝の調子のいいときに、

字を書いています。15分くらいすると、

ぼーっとしてくるので、止めるそうです。

自分の黄班は、飛び出す方でなく、

陥没する方だから手術はできないと

言っています。でも、明るい。

見習うべきです。

才能豊か。お花などいけると、本当に上手。

ユーモアもある。

私と彼女の共通の友が、山口に帰って久しいので、

二人の写真を送ろうと撮りに行くと、

「いま、ダイヤの指輪を出していたのよ。さあ、この指輪の

手を撮って。『誰しもひとつはキラッとした物を、持っているというけれど、

私の持っているキラッとした物は、ダイヤだけ』」って、いうの。

そのギャグには笑っちゃった。わざわざ、探して出して実行するのが面白い。

勿論、その写真も撮って送りました。

そんなこんなで、気の合う二人。1時間や2時間の会話は、

あっという間に過ぎてしまいます。

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2008年10月 2日 (木)

シャガール展2

恋人が抱き合って空を飛んでいる。

夢があって楽しいです。

子供が生まれて、男の子を期待していたのに

女の子だって、がっかりして、なかなか祝えなかったけど、

最初に贈ったお祝いの花束が、鈴蘭の花束。

やっぱり画家の花束だけあって、センスがいいなあ。

私も自分にこんなのを真似て、鈴蘭の花束を贈りたいなあ。

花屋の前にたったら、高くて買えないだろうなあ。

ミモザの中の恋人たち。いいなあ。

シャガールだと子供にも楽しめて、

孫と一緒に見られてよかった。

「あの自画像うまかったなあ」と、

学校で、鏡に写した自分を描いた孫は言う。

「弟ダヴィッドの像も迫力があったよ」と私。

ゴーゴリの「死せる魂」の挿絵のための、版画。

あれは地味だけど、ゴーゴリーの小説を読んだ

者には、わかりそう。シャガールが自分から

選んで、死せる魂の挿絵をかいたこと。

ロシアを愛していたのだろうけれど、

革命政府に夢を託して、後に次第に

失望していったこと。などなど、解説を読んで

よく解りました。

シャガールの絵を、タピストリーにした人。

まるで、布に油絵の具で絵を描いたような出来に、

私は、何度も端に行って、裏を覗きました。

織り糸の端が見えました。

赤色の好きな私、シャガールの赤にも吸い寄せられ

るようです。

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シャガール展

Syagarusora Syagarubira

Syagaru

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つぶやき

人生が嫌になったのなら、自分一人で死ねばいい。

関係のない15人の命を奪って自分は生きているなんて・・・

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